この記事はアイドルマスターSideM8周年にあたってのTwitterファン企画「#MマスP自由研究大会2022夏」に参加したものです。遅刻もいいところの参加なので、ハッシュタグを付けることに問題があればTwitterまでお問い合わせください。
開催概要はこちら。素敵な企画ありがとうございます!
- はじめに
- 前提〜渋谷系とリファレンス
- イントロ〜サンプリング
- イントロ〜口笛とスキャット
- 2番Aメロ〜ネオ渋谷系
- ライブ演出〜アートワーク
- (おまけ)アキシブ系
- (おまけの追記)もふもふえんと渋谷系
- おわりに
- 参考リンク
はじめに
2021年から展開しているアイドルマスターSideMのCDシリーズ『GROWING SIGN@L』。その第4弾であるCafé Paradeの楽曲「Teatime Cliché」は、渋谷系と呼ばれる音楽ジャンルをリファレンス(お手本)にしたものであると考える。
本記事では、「Teatime Cliché」の元ネタであろうと考えられる渋谷系楽曲を挙げ、SideMから「渋谷系とそれ以降」の世界を垣間見たい。
前提〜渋谷系とリファレンス
渋谷系とは、1990年代の渋谷のDJやレコードショップを発信地とした(音楽)カルチャーのムーブメントである。(この一文で無限の突っ込みどころが生まれるくらい概念的なものなので、以降の主張もあくまでもにわかいちリスナーの解釈として受け取ってください)
渋谷系とされるそれらの音楽ジャンルは、リファレンス元(お手本にした曲)が存在することが多く、楽曲のひとつの要素ですらある。
ほんの一例を挙げたい。『ちびまる子ちゃん』のOPテーマであったカヒミ・カリィ「ハミングがきこえる」という楽曲がある。
(緒方智絵里さんがカバーもしています)
前提として、この曲は1960年代から1970年代にかけて流行したフレンチ・ポップスという音楽ジャンルが取り入れられている。
説明するより一聴していただく方がわかりやすいと思う。スウィング感のあるリズムと女性ボーカルという要素、なんかオシャレな雰囲気が似ている印象を受けないだろうか。
さらにその上で、曲の元ネタと考えられるジャズの楽曲が存在している。
21秒あたりから特に、展開や構成が似ている。これがリファレンスという手法である。
渋谷系楽曲として挙げられるものがリファレンスにしている音楽には、ジャズ、フレンチポップス、ボサノヴァ、インディーロック、ネオアコ……と当時渋谷のレコードショップに並んでいた、多様なジャンルが並列されている。この参照に次ぐ参照によって記号化できないイメージがありながら、それをパッケージする「なんかオシャレ」な雰囲気が全体的に漂っていることが、渋谷系の音楽的要素だとわたしは考える。
(ちなみに、アイドルマスターDSの水谷絵理さんの楽曲「クロスワード」は「ハミングがきこえる」をリファレンスにしている)
だからこそ、様々な渋谷系楽曲のエッセンスが見え隠れする「Teatime Cliché」は渋谷系であると言える。
以下では、楽曲を構成する諸要素からイメージされる渋谷系楽曲を具体的に挙げ、「Teatime Cliché」を解釈していきたい。
イントロ〜サンプリング
「Teatime Cliché」は、まず、イントロに雑踏のような環境音が重ねられている。これは、サンプリングをイメージして挿入された音だと考えた。
サンプリングとは、別の楽曲の一部のフレーズや楽器音や自然音などをサンプラーを使用して録音し、楽曲の中に組み入れる手法である。ポピュラーなミュージシャンのポピュラーなテーマの例だと、星野源の「創造」はニンテンドーゲームキューブの起動音などをサンプリングしている。
渋谷系とされる楽曲において、サンプリングはオープンな手法として取られていた。たとえば渋谷系の金字塔とも言える1枚、Flipper's Guitar『ヘッド博士の世界塔』は、サンプリングが多すぎるゆえサブスク解禁がされていない、なんてこともある。
また、秋月律子さんがカバーもした「東京は夜の七時」が代表作で、渋谷系のムーブメントの中心にあったグループ・Pizzicato Fiveのボーカル野宮真貴は、スチャダラパーのBoseとのインタビュー*1でこのように語っている。
野宮:今じゃ考えられないね。スタジオに集まって、レコードを聴いてからなにを作るか考える、みたいな。小西(康陽)くん(引用時注・Pizzicato Fiveのメンバー)はスタジオに大量のレコードを持ち込んで、ゴダール(ジャン=リュック・ゴダール。フランス、スイスの映画監督)の映画を流しながらレコーディングしていました。
Bose:なんなら、そこで流れてきた映画のセリフから一部をサンプリングして、その場で取り込んじゃうみたいなね。
様々な洋楽をリファレンスにしているのが渋谷系の特徴と前述したが、それらはもとより、レコードからそのままサンプリングしたものも多かった。イントロの環境音は、渋谷系とサンプリングの切っても切り離せない関係へのオマージュなのではないかというのが、わたしのひとつの考えである。(もうひとつの考えは、後述の"2番Aメロ〜ネオ渋谷系"で明らかにしたい)
イントロ〜口笛とスキャット
続く口笛の音から、最初に連想したのはCymbals「I'm a Believer」だった。
Cymbalsは1997年に結成された沖井礼二らによるバンド。Cymbalsが渋谷系とされたミュージシャンらに影響を受けた(=「渋谷系っぽさ」が記号化された後の「ポスト渋谷系」)アーティストなので、Cymbalsっぽいというのはそれ以前の渋谷系→渋谷系が元ネタとした洋楽……と遡らなければならないという大変な構造なのだが*2、それはそれとして、口笛と「Pa Pa Pa…」というスキャットが胸に爽やかな風を吹き込むようなイントロは、まさに「Teatime Cliché」の展開と同じで、元ネタだと考えられる。
続いて「It's time for tea. Dabada…」と軽快なスキャットが挿入される。スキャットもまた、渋谷系に頻出する要素である。
たとえば水瀬伊織さんもカバーしているFlipper's Guitar「恋とマシンガン」は、まさにスキャットから始まる。
これは1965年のイタリア映画『黄金の七人 Sette uomini d'oro』のテーマ曲が元ネタである。(0:32~)
スキャットは元々ジャズの歌唱法だが、それをポップソングに昇華させてしまったのが渋谷系だ。そのイメージの転換は、ジャズやミュージカルのようなゴージャスさを前提にしつつもキャラクターらしさが全開な楽曲を持つCafé Paradeと通じるものがある。
2番Aメロ〜ネオ渋谷系
90年代末から、90年代の渋谷系のエッセンスをエレクトロニカやテクノポップなどのジャンルと融合させたアーティストらによる第二次渋谷系ムーブメントがおこる。中田ヤスタカとこしじまとしこによる、野宮真貴ボーカル時代のPizzicato Fiveを(さらに、その源流にあるフレンチ・ポップスを)連想させるユニットcapsuleの初期活動は、代表的なネオ渋谷系である。
「Teatime Cliché」では、2番Aメロでcapsuleを彷彿とさせるポップな電子音に転換し、ネオ渋谷系のエッセンスが取り入れられている。
ここで、capsuleの「東京喫茶」という曲を聴いてみてほしい。
「喫茶」というフレーズからティンとくる方もいるかもしれないが、この冒頭のざわめき、サビの構成!わたしはこの曲が「Teatime Cliché」のもうひとつの元ネタであると考える。
ただ漠然とネオ渋谷系をイメージとするだけでなく、Café Paradeの設定とのリンクが感じられる「東京喫茶」をリファレンスにするのがニクい。
ライブ演出〜アートワーク
さて、ここまで渋谷系と「Teatime Cliché」の音楽的特徴の関係を見てきたが、ここからは視点を変えたい。"前提〜渋谷系とリファレンス"で、渋谷系を(音楽)カルチャーだと述べたが、それは、ビジュアル(つまりアートワーク)も欠かせない要素だからである。
音楽サブスクサ―ビス・Spotifyでキュレートされた「渋谷系」プレイリストのカバー画像を見てほしい。
続いて、Pizzicato Five『SWEET PIZZICATO FIVE』のジャケット、Flipper's Guitar『ヘッド博士の世界塔』のジャケット。
この特徴的なアイコンは渋谷系を象徴するものであり、Spotifyのカバー画像はこれをオマージュしたものであることがわかる。
これらのデザインは、信藤三雄というアートディレクターによって手がけられた。彼は1980年代から1990年代にかけて、渋谷系の中心にあったアーティストらのアートワークに携わり、そのデザインの方向性を位置づけた。彼のアートワークでプロデュースされた音楽が渋谷系である、という言説も存在している。
「Teatime Cliché」が7thライブ愛知公演1日目にて初披露された際、バックスクリーンで流れていた映像が、まさに信藤三雄を感じられる映像だったのだ。
(1日目0:37:20~)
渋谷系に欠かせない、オシャレでキッチュなビジュアル・イメージがライブ演出で取り入れられたことで、より「Teatime Cliché」=渋谷系という等式が強くなったことに感動した。制作陣のリスペクトと遊び心に尊敬と感謝をしてやまない。
(おまけ)アキシブ系
2000年代、渋谷系の影響を受けたアニメソング・ゲームソング・アイドルソングは、秋葉原+渋谷のアキシブ系というジャンルで呼ばれていた。SideMのゲームソングという要素をアキバ系と捉えるならば、「Teatime Cliché」はアキシブ系の最新ソングとも言えるだろう。
(おまけの追記)もふもふえんと渋谷系
もふもふえんの楽曲にも渋谷系のエッセンスが感じられるものがあり、「ふわもこシフォンなゆめのなか♪」はcapsule「宇宙エレベーター」が元ネタであると考えられる。
おわりに
「Teatime Cliché」の音楽的特徴と「渋谷系」音楽の共通点を見出してきた本記事では、「Teatime Cliché」の元ネタはCymbals「I'm a Believer」とcapsule「東京喫茶」のふたつであるとする。
それらがそもそも、ジャズ、シャンソン、ボサノヴァ、フレンチ・ポップス、ネオアコ、ソフトロック……など多様なジャンルの洋楽を横断する渋谷系をリファレンスとするので、過去の様々な音楽に通ずるエッセンスが散りばめられており、まさに渋谷系のCliché=常套句が多用されているのが「Teatime Cliché」の魅力だ。
「渋谷系とそれ以降」については、本記事だけではとても「語った!」とは言えないけれど(怒られるレベルである)、SideMから音楽ジャンルへアクセスするきっかけになるような素晴らしい楽曲がリリースされたことに改めてよろこびがある。もしこの文章から渋谷系に興味を持ったPさんがいらっしゃったら、各音楽サブスクサービスに存在する「渋谷系」プレイリストを聴いてみたり、"参考リンク"の「渋谷系ディスクガイド」記事を見てみたりすると、もっと楽しめるのではないかと思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました!SideM8周年本当におめでとうございます!
参考リンク
今回の企画のまとめ。改めてありがとうございます!
企画に参加された他Pさんの、SideMの音楽を解釈する系記事。楽しく拝読しました!
他ブランドになるので本当に参考ですが、渋谷系をリファレンスにしたと考えられるアイマス楽曲と、その元ネタを指摘した動画。
「渋谷系」とそれ以降のディスクガイド記事。
『リスアニ!』のSideM特集。全CDのレビューが掲載されています。
1980年代からサンプリングの概念が登場し、その前にあったバンドブームへのカウンターとしてサンプリングという音楽の作り方があったと述べられている。
*2: