トロピカル墓場

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「電波は呼んでいる」感想/トリコじかけの世の中を生き抜くためのシチュエーションボイス

遠くて近い つかめない どんな色かわからない
ゆっくり消える虹みてて トリコじかけになる

 電気グルーヴ「虹」の歌詞に登場する「トリコじかけ」とは、かつて東京メトロ銀座線でとある一般女性が配布していた怪文書に由来するものです。

 2020年、電波系ライター村崎百郎10周忌。陰謀論はCOVID-19に関連してSNS上で簡単に見えるようになった。延期された東京オリンピック小山田圭吾問題*1に付随してにわかに浮上した90年代サブカルチャー、鬼畜系。悪趣味・電波的なものはもはや、パンデミックSNSにより我々のすぐそばにあるものになったのかもしれない。

 このシチュエーションボイスはそのただ中、2020年末に発売されたものです。

 

18禁シチュエーションボイス・ひつじのひつぎ「電波は呼んでいる」

www.dlsite.com

第三次世界大戦が始まる!今こそ俺の精子の中に逃げ込むんだ!」

五日前の午後五時五五分。
貴方の実兄である21歳の引きこもり・筑波翼は、三年振りに部屋から外に出たかと思えば、「こいつらを第三次世界大戦にも通用する戦車にさせる」と自動車学校の教習車に自身の精液を塗り付けて回り、近所の住民に通報された。

警察に身柄を拘束された翼は、留置所にて自らを「祈りの電波の申し子・筑波卍」と名乗り、実妹である貴方の夢の中へ、睡眠干渉電波でメッセージを送る。

「我が妹よ、俺に会いに来てくれ!このままでは世界がカルト鬼に侵されてしまう!」

貴方は夢の中で見た翼からの告げられたメッセージを馬鹿にしつつも、翼の拘束されている留置所に向かうが――。

※この音声を聴くと、約五日以内に電波が聞こえるようになるかもしれません(電波の送達・聞こえやすさには個人差があります)。

 この作品、紹介文からきわめて調子のいいイントロダクションです。イラストがこんな歌ってみたのサムネみたいな感じでいいのか気になります。ライター・凶兎凶さんの作品はこれをふくめまだ2作品しか聴いていないですが、タブーをやりにいく姿勢とセカイ系な作風はエロゲー的なコンテクストを感じています。

 

  • 筑波翼(三橋渡)

 宇宙のイメージ、もしくはイザナギイザナミを祀る筑波山から?後者は兄妹というヒロインとの関係とも重なる。言うまでもないですが乙女向け作品に登場する電波な男全員に中指を立てるごときキャラなので、ずっと台詞が支離滅裂。キャラクター設定は下記になります。

18歳の修学旅行時、東京タワーにてアカシックレコードの代弁者「赤鼻=メロディーライン1世」に電波を与えられ、
それ以降電波が聞こえる体質(翼の個人談)になってからは、「ジャンバジェ」という祈りの電波を世界に届ける電波活動を始める。近い内に第三次世界大戦が始まると思っており、武装を呼び掛けている。

本気と書いてマジすぎます。電波系なシチュエーション音声作品というと『VANQUISH BROTHERS 第四夜 マサムネ』を思い出しますが、あちらがまあ面白い感じで受容できたのに対してこちらは本編41分の9割がワードサラダなのでシンプルに頭が痛くなる。

 本編は留置場で面会するシーンから始まります(刑法は残酷)。電波戦士・卍として目覚めたきっかけ、アジト(=ふたりが暮らす家)に核シェルターを準備するように話す翼。何度か面会を続け、彼に付き合わされるうちにヒロインに耳鳴りの症状が現れます。それは電波を受信しているためだと翼は言い、彼のペースにどんどん巻き込まれてしまうヒロイン。トラック3でそれは最高潮を迎えます。

ん?月が赤くなってるって、当たり前だろ
それは……
月が赤くなってるって、当たり前だろ
月がそれは当たり前って赤くなってるだろ
満月は、もうすぐお前らをぶっ殺すって背伸びをしてるんだ
おかしいって言われても……
実際こうして月は赤く染まって、お前も電波を受信してるんだ
留置場に窓はあって、俺はマザーグースの生まれ変わりで、地球は天体を軸にして2度回って、ノヴァーリスは電波を受信して、第三次大戦は近いうちに……
(耳鳴り)

「『さよ教』例の選択肢」的な電波・鬱エロゲを強く想起するパンクな演出です。シチュエーション音声作品の長所を徹底的に裏返している。

 そして18禁シーン。耳鳴りの原因である電波の介入を防ぐため、と雑にセックスを迫られるのですが、ここからだんだん、翼の電波的発言と現実世界が曖昧になっていく。翼が攻撃電波なるパワーを操って留置場の壁が本当に破壊されたり、彼の文法や語彙がまともになって言ってることが理解可能になってきたりするので、聞き手は自分がおかしくなってしまったのか、彼の妄想世界に引き込まれてしまったのかとバッドトリップしていくことになります。「『翼の妄想世界』を内包するシチュエーション音声作品という妄想世界」という入れ子構造の境界が曖昧になり、現実まで拡張していく。

 三橋さん、やっぱりリップ音と喘ぎがうまくてエッチだけど全然萌える体力がないので聴きながらよれよれになってしまった。でも三橋さんの声じゃなかったら通しで聴くのは難しかったかもしれないので、マジでありがとうございます……。行為中余裕がなくなってくると芝居がかった口調も乱れてそれはちょっとかわいいんですが、言ってることは「カルト鬼には、渡さないぞ……!」なので、かわいくない。

 さて、クライマックス(トラック4・5)はちょっとネタバレしたくないので、ぜひ聴いていただきたいです。わたしは理由のわからない涙が流れました……。粗削りだけど、凶兎凶さんは短い時間でカタルシスをつくるのがうまい。セカイ系が好きな人に聴いてほしいです。

 そして思いもよらなかったのですが、人生讃歌的なラストです。嘘じゃない本当の世界でひとりで生きていく我々の人生を、少しだけ肯定してくれます。インターネット、戦争、パンデミック、嘘と本当の境界すら曖昧で、うそをうそであると見抜くことがいつの間にかすごく難しくなっている。今ここにある肉体と精神からは逃れられない。現実で生きていくのはしんどい。

 祈りの電波戦士・筑波卍は、翼とわたしたちが前を向くために。

 この作品をきっかけに気づいたことはーーどうして気づかなかったのだろうということですがーーシチュエーション音声作品の「彼とヒロイン」という狭い関係はつまり「きみとぼく」で、セカイ系と非常に親和性が高いということ。たびたび「電波系エロゲっぽい」というようなことを述べてきましたが(もちろん90年代以降の電波系を起点としているのは明らかですが)なんというか、台詞回しもビジュアルノベルっぽい感じがするんですよね。具体的には言えないけど……。

 

 取り急ぎ、以上です。「同人でしかできないこと」ってすごくあるし、それが大好きなので(妄想にタブーなし、は鬼畜系ムック『危ない1号』のコピー/そういう乙女たちの欲望がシチュボを過激に向かわせていくのかもしれませんが……)、わたしは好きな作品でした。凶兎凶さんの集大成作品『屠られ彼氏~シチュ彼屠畜場』と合わせてかなり忘れられない作品になったと思います。

虹

*1:こちらについてはこの本を参照されたい。

www.shueisha.co.jp