トロピカル墓場

好きなものは好きだからしょうがない!!

extra(川瀬ルートについて)

tropical-haka.hatenablog.com

 川瀬のすべてが好きで、すべてが好きだと書いたらそれで終わってしまったんだけど、川瀬について言葉を尽くすことをやめたくなくて苦しくなってしまった。でも川瀬について考えることもまた苦しみを伴う。答えがなかなか出ないことが「古書店街の橋姫」の本質的な部分であり魅力だとも思っているから、(理解できないけど)理解しようとするために川瀬に近づくことを恐れているのかもしれない。(わかりません)

 川瀬ルートと橋姫の好きなところについて、改めてもう少し踏み込むことを試みた思考のサルベージ。ゲーム本編、副読本のネタバレがあります。

 

 やわらかいのに高圧的というアンビバレントな口調、眉を寄せて冷笑する表情、帝大医学生という知的なステータス、シニカルで神経質で潔癖症な性格(とそうなってしまった彼の心の闇を想像できる部分)、川瀬を構成する全部が刺さって抜けない。特に声がとにかく好きです。川瀬と同じ声帯をしてる人がこの世に存在してるのが怖すぎて未だに関連CDのマルクスさんのキャストコメントなどが聞けていない。聞きます……。

 印象に残った台詞は勿論たくさんあるのですが、発熱した玉森にかける台詞がめちゃめちゃに萌えました。子供に言い聞かせるみたいに甘ったるくて優しくて、背骨を撫でられるような声色がくすぐったくてかわいい。いつも余裕ありげにふるまう川瀬がそのペースを乱されたり弱さを見せたりするシーンはすごく心に残っています。玉森が連れてきた博士と邂逅するシーンは不機嫌さから少し乱暴になった姿にきゅんきゅんしたし、その後の「俺のこと、好き?」以降のやり取りがあまりにもかわいい。地下室で玉森の手を取るシーンはロマンチック。

 エッチシーンは川瀬が玉森をいじめて楽しんでいるのがすごく良かった。情事の場面でさえ、自分も相手も傷つけないと生きていけない川瀬が愛おしいです。川瀬の思い通りになりたくない玉森の抵抗それ自体が川瀬をよくするもので、そんな玉森がいじらしい。それと首絞めは最高……すぎて……!幻想の中でもあったけど、挿入されながら極限の状態までめちゃくちゃにされる玉森がかわいそうでかわいい。

 わたしが川瀬および登場キャラクターに向ける感情はかわいいというのが大きいことを自覚している。すみません……かわいい攻めは最高だし最強。かわいい受けも最高。

 

  • 川瀬にまつわるものたち

  • 黒岩涙香『幽霊塔』/A Woman in Grey
  • 『あゝ無情』/Les Miserables
  • 泉鏡花『化銀杏』
  • 婦系図

 川瀬が『婦系図』を通して玉森に教えようとしたことについて作中では水上と玉森の会話で一応結論が出ていますが、副読本の解説を見てリガルド・モア……!と悶えた。泉鏡花作品には彼が10歳で喪った亡き母への憧憬が影響しているとたびたび指摘されていて*1、母親に捨てられたことが心の闇の起因のひとつである川瀬を連想する。

 芥川龍之介の服毒自殺にも使われたとされる*2睡眠薬。不健康でいい。自分の体を多分に構成するものを玉森に与えるという行為ひじょうにエロティック。

 

 店主が思い出したのは、「押絵と旅する男」が語る彼の兄が浅草の十二階から双眼鏡を使って一目惚れした美しい娘を探すシーンのことであろう。

 以下、スチルの元ネタを感じる箇所の抜粋。

私も、一階位おくれて、あの薄暗い石の段々を昇って行きました。窓も大きくございませんし、煉瓦の壁が厚うござんすので、穴蔵の様に冷々と致しましてね。……その間を、陰気な石の段々が、蝸牛の殻みたいに、上へ上へと際限もなく続いて居ります。

突然、花火でも打上げた様に、白っぽい大空の中を、赤や青や紫の無数の玉が、先を争って、フワリフワリと昇って行ったのでございます。……どうかしたはずみで、風船屋が粗相をして、ゴム風船を、一度に空へ飛ばしたものと分りましたが、……

 川瀬に限らず橋姫の後日談タイトルに使われるなどモチーフになっている短歌集。幻想の中で玉森に向けていた3首について考えます。

けふも沖が
あんなに青く透いてゐる
誰か溺れて死んだだんべ

これは「桜の樹の下には死体が埋まっている」的な、美しさは残酷さを伴うという感覚を表現しているように感じて川瀬を思い浮かべた。

水の底で
胎児は生きて動いてゐる
母体は魚に喰はれてゐるのに

橋姫作中でも取り上げられることの多い「胎児の夢」に近い響きから……とも思ったのですが、生きながら死んでいる(=死の運命にある)さまを詠んでいるという解釈がされており*5、父親の暴力によって生きながら殺され続けてきた、やはり川瀬を想起させる歌ではないかと思いました。玉森(の記憶と同調した川瀬)の心象。

色の白い美しい子を
何となくイヂメて見たさに
仲よしになる

これは語るまでもなく川瀬の歌。


 わたしが川瀬を好きだと思う気持ちは、かわいそうはかわいいというか、同情や憐憫のようなものを伴う好きで、それは屈折していてevilだということにゲームを通して向き合わなければならないから苦しいのかもしれない。川瀬の悲劇的な人生を思うと普通に心が痛むのですが、それを「かわいい」でパッケージして眺めているevilな欲望に気づかされる。玉森の川瀬への気持ちが強い意志に変化していったのを間近で見たからこそ……。


 橋姫をプレイしていると、行き場のない巨大感情を自分の中だけで大きくしていって、ついに迸っても世界の誰にも伝わらなくて、でも伝わらないのが当たり前だとひどく自覚している、そういうシーンに何度も直面する。人間は言葉、故郷、過ごした時間を同じくしても万能ではないことがよく描かれていると思います。

 人間の万能でなさは、玉森が店主にしばしば金の無心をするシーンからも感じた。

……いつから私の身体は、金がなければ動かなくなってしまったのだろう。

この玉森の言葉はわたしにも痛切に思い当たる。きっと必死に生きる人間に普遍的なもの。つまり美しい世界の中で超人的な力に翻弄される登場人物たちが全然フィクショナルじゃない部分を備えているところが、かなり自分に刺さっているのだと思います。自分がTRUMPシリーズを好きな気持ちとかもそうなので思い当たるふしがある。

 橋姫の物語に表象された人間の不完全さを愛しています。

 

 本編、副読本、モチーフになった作品を自分なりに少しずつ解読している中での拙い感想というか怪文書ですが(間違っていても許してください……)、くろさわさんや玉森たちが見た世界がこの先にもたくさん広がっているのかと思うと楽しみでなりません。プレイし終わってもたくさん悩んで苦しんで萌える作品でした。いろいろ蛇足的なことでも調べてみるのがとても楽しかったので、これからも橋姫の世界に耽溺しつつ他ADELTA作品もプレイしていきたいです……!

*1:『国文学 解釈と鑑賞 〈特集〉泉鏡花──怪奇と幻想』至文堂、1989年

*2:立山萬里「芥川龍之介とヴェロナール中毒──点鬼簿、蜃気楼、歯車の世界」2003年

*3:

https://www.aozora.gr.jp/cards/001779/files/56645_58203.html

*4:

https://www.aozora.gr.jp/cards/000096/files/933_22022.html

*5:現代短歌研究会『〈殺し〉の短歌史』水声社、2010年